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インターネット落描きマンが思ったことを綴っていきます

プレミアムフライデーは誰のためにあるのか

プレミアムフライデーが2月24日に実施された」ようである。

「ようである」と言うぐらいには社会一般的には実感の薄い取り組みであったように思われる。そのためSNSなんかでは「15時に退社なんか出来るわけがないだろ」「それぐらいなら日々の残業を減らせろよ」と言ったつぶやきが多く見受けられた。

 

しかし私はそういった意見は、プレミアムフライデーという取り組みをトリクルダウン理論的なものとして見た時には検討違いの意見なのではないかと思う。

 

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邦画実写業界の低迷とそれに反する劇場版アニメ隆盛について、その違いは何か

mantan-web.jp

 

邦画実写業界の人間は映像を撮ることに関してその業界以外から学ぼうという気持ちは無いのだろうか

 私が思うに「アニメ」というのはあくまで「表現の一種」に過ぎない。

これは他の表現方法についても同じである。

実写だってCGだってアニメだって小説だってゲームだって、確かにその表現方法自体が好きだからという理由も少なからず絶対に存在するとは思うけれど、「自分が表現したいこと」を一番自分が実現できる方法or納得できる方法で作れるのが一番だと思っている。

そういう表現手法の違いについて、未だに「アニメは~」とか言っている姿勢がもう既にダメだと思うのである。

確かにそこには表現方法を愛するが故に大成するものが数多く存在することも明らかである。

そういう自らの表現したいもののためにいろいろな表現から技術や知見を取り入れるということは、私が尊敬する人々は皆やっていると感じたのである。 

 

 

例えば「メタルギア」シリーズの小島監督は、私の勘違いでなければ無類の映画好きだと思うし、個人的には「メタルギア」は映画だと思っている。

ゲームという形態を成しているが、その根底に存在するものは映画に近い表現方法だと私は感じている。

 

 

他には、庵野監督がそうだと思う。

昨年夏公開の「シンゴジラ」は「あの庵野が実写でゴジラ撮るって??」と思い「確かに特撮系大好きだというのは知っていたけれど、アニメ畑で長年やっていた人が実写撮るってどういう出来になるのだろう」と思っていた。

しかし、あの作品を見た後は、「ゴジラ」という作品のテーマを踏襲しつつ、自分のフェチズムをふんだんに取り込み、それでいて会議シーンがメインであるのにも関わらず飽きさせないテンポ感は、実写というものを忘れさせるような凄さ・リッチ感があった。

要するに「シンゴジラ」はアニメみたいな実写だった。

到底普通の実写畑の人がやるとは思えないような顔のアップ構図やら早口の説明、情報量の詰め込み方、往年のGAINAXを彷彿とさせるところどころにユーモアがあって、アニメであって見るアトラクションとでも言うべきだった。

何が言いたいかというと、アニメ監督の庵野が実写を撮る時にその方法にアニメ的方法を持ち込んだと思われるのだけれど、それは映画の緊迫感・面白さをさらに引き出すことに貢献していたと思うのである。

 

 

ガンダムの生みの親である富野氏が「アニメなんか見るな、外に出ろ」と言っていた言葉も「表現を追いかけるのではなく、目的を持って、実現したいことを実現する方法は世界を見渡してちゃんと探せ。そしてそれがアニメだっていうならアニメを作ればいい。」というメッセージだと私は解釈している。

 

 

じゃあ、今挙げたようなサブカル方面のアニメ畑の人たちが、アニメという方法を用いて画面で伝える表現をよりリッチに精錬しているのに対して、現在の実写畑の人はどういう努力をしてきたのだろうか?

確かに自分はほとんど実写畑の映像技術やら何やらを知らないので、実写邦画業界で尽力なさっている方からしたら「何も気が付かないのはお前の教養が足りないからだ」と言われたらそうなのかもしれないけれど。

 

 

つまりはそういう体質的なところもあるのではないかと思う。

映像表現においては「実写映画が一番だ」という根本的な姿勢である。

実際のところはどうなのかは知らないけれども。

しかし、漫画家や小説家やそれこそアニメ監督の方たちが「もともとは映画が作りたくて」と言うくらいには、その影響力が昔はあったと思う。

 

 

だけれど、きっとそれは過去の話になりつつあるのだと思う。

その結果を示しているのが、昨今の漫画アニメ原作の映像作品の失敗と、それに反するかのように興行成績を上げている劇場版アニメだと私は思う。

 

 

だとしたら「もっと表現方法としてアニメやゲームや舞台やいろんなものを見て、そして学べばよいのではないのだろうか」とそう思うのである。北野武監督が言っている「圧倒的な差」は、そういうところから生まれたのだと思う。

 

西野案件から感じ取るべきだったこと

社会問題

キンコン西野氏が絵本を無料公開したことで、先月ネットで賛否両論(私が観測する限りほとんど否定的意見)があった訳だけれども、1か月経った今もう一度思い起こして整理しようと思う。

 

まず西野案件は西野本人に関わる問題と、提起された無料公開についての問題の2つの問題に分けられると考えている。

 

 

 

まず前者の“純粋な”西野案件は結論が簡単で、“西野はクズ”という問題である。これは「お金の奴隷解放宣言」と本人はカッコつけたつもりだったろうが、資本主義・貨幣通貨制度の現代日本で日々生活する全ての人々を侮辱している問題であって、西野という人間が如何にクズな人格・性格をしているかが分かるだけの問題であるため、これ以上の議論の余地は無い。要するに「見ることが出来ないという人のためにも、作品を無料公開しました。」の1文で実際には済む話であったと思う。あと実はアフィリエイトで広告収入を付けていたこと(実際は事前に告知されていたけれど)や、「無料公開したことでAmazonの売り上げ1位になった」と開き直っておりヤマカンに「事をプロモーションに使っただけだとしたらただのゲスだよね」と言われたことや、明坂さんを名指しでブログにおいて批判したことも、クズ関連の話としてこちらの問題に含みたい。

 

 

そして後者の「無料公開」自体についての問題であるが、私個人としては「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ではいけない議論であると思うのである。

私自身、西野案件は前者とは別に「作品を無料公開する」ことも批難されていたと感じていたし、Twitterを見ていてクリエイター各位が「良い作品を無料で公開して『あれが無料だったのにどうしてこれは有料なんだ?』なんてことになりかねない。無料であることは創作活動において市場破壊である。」と言っていることに共感していたし、昨今の基本無料というソシャゲのスタイルがコンシューマゲームの正当な価格の価値観を歪ませているとも感じていたので、多いに共感して事の一部を見ていた。

この時の西野案件に際して、創作界隈において「無料公開」が“悪”な理由、どれほど悪か、といった反応が次にまとめられている。

togetter.com

先日このまとめを読み返していて、コメント欄を見始めたところで自分も喉元過ぎて熱さを忘れていたのではないかと思い直した。出来ればコメント欄まで見てみて欲しい。まとめが無料公開批判一辺倒なのに対して(そもそもまとめだから作成者がそういう意図でまとめたのだろうけれど)、コメント欄では無料公開の何がいけないのかという意見が多いとまでは言わないけれど結構見受けられる。

 

 

要するに「無料公開は悪、なのか」という議論は、情報社会・ネット社会の現代においてもっと根幹にある問題なのではないか、と考え直したのです。(ただし、当の作品を無料公開するという西野案件とは少し話題がズレる場合があります。)

少なくとも、自分がこのまとめをコメント欄まで読んで「無料公開を一概に悪だとすることは出来ない」と考えるに至っています(もしかしたらそのうち変わるかもしれない)。

 

 

このまとめにおける「無料公開は悪である」理由は、有料で請け負うクリエイターの相対的価値を下げて市場崩壊を起こすということである。話は少し違うが創作クリエイター界隈(特にイラスト)では、安く請け負う人間のせいでその適正価格や価格設定がおかしくなっているという話を耳にしたこともあり、無料とまでは言わなくとも非常に安価で請け負われる作品が、全体的価値を下げるということは理解できる。

 

ただそれでも自分が「無料公開が一概に悪だとはいえない」と思った理由としては、一般に無料公開や基本無料は他の方法でマネタイズ(収益を確保)するスタイルを取っているためにビジネスとして成り立っているので、そのサービスにおいて生産者と消費者が納得している以上はそのビジネススタイルを批判は出来ないという理由がある。

言いやすくすると「無料公開を悪だとすると、無料のTwitter検索エンジンも基本無料のソシャゲも悪だ」という言い方も出来るし、しかしそれは今の情報社会では全く意味の無い主張だと思われるので、「無料公開が一概に悪だとは言えない」という着地点となる。

 

では「無料公開」をすることで何がクリエイターに悪さをするかと考えると、「無料」で楽しめるものの“価値”を「無料」であると思ってしまう消費サイドが生まれる問題があり、その意識が悪さをするのだと思う。

西野の無料公開とは話が逸れるけれども、「無料」で利用することが出来るものがなぜ「無料」でいられるのか、マネタイズについて考えてみることが、今の世の中消費サイドには必要不可欠なのだと思う。例えば基本無料のソシャゲがあって、課金するかしないかは消費サイドが決めることであって、課金しなければ無料でゲームを楽しむことが出来る。ただしその場合、コンシューマだと考えられなかったスタミナやシステムの制限が課せられることがあり、コンシューマ全盛時代の人間からするとゲームとは言えないような面もある。しかしソシャゲはソーシャルと名の付くように、そのゲームをする人々のゲームにおける優劣がいわばゲーム性を作っている。だからソシャゲは基本無料だけれど、基本無料に釣られてゲームをするユーザーもゲームの価値として組み込まれて、課金者が課金する価値となる。ゲームをすること自体は無料で出来るけれど、ゲームの価値自体は全体を通して見れば“無料”ではなく存在する。

例えば商業漫画が無料で読めるアプリがあって、(それらに限らず)広告収入によって収益を上げているものが世の中にはたくさんある。確かに消費サイドは無料で読めている気になってはいるけれど、直接は目に見えない所で広告掲載料がその作品へ払われており、作品の価値が“無料”であるとは言えない。

つまり今の世の中、お金の回り方が面倒くさいことになっているけれど、基本無料とはされているけれど、作品やサービスには“無料”ではない価値があり支払われている。その流れを考えること無しに、目の前の商品・サービスが無料であると謳っているからと言ってそのもの自体が無料であると考えることは、意識問題であると思う。そしてその作品・商品・サービスには作成者がいて、対価が支払われているはずなのだ。

 

そろそろ何が言いたいのか分からなくなってきたけれども、単純に「無料公開は悪」だということは、情報社会においてその価値の決め方が変わってきたために一概にそうだとは自分は言えないということであります。

 

ただし、やはりそもそもの西野案件とはこの話題は少し乖離しているため戻ると、あくまで自分の作品(西野の場合実際には個人の作品では無いが)を無料公開するという点では、西野の一作品が絵本業界は比較的小さな業界であるとしてもダンピングを引き起こすとは思えないというのが個人の感想でありまして、もしこの程度で価格競争だとかダンピングが顕現するのであれば、よほど無料に眼が無いそれこそ“お金の奴隷”のような消費者がたくさんいるのだなぁと思いますし、まさに嘆かわしい事態です。作品を無料で享受することが出来るという意味・実態について、基本無料や様々なソフトなどが無料公開されている今だからこそ、考えていきたいと思います。

 

 

絵が描けるようになるには?(実践編)

お絵かき

絵を描けるようになるには、やはり絵を描くしかないということはよく言われます。

しかし実際に描く時にどうやって描けばうまくなれるかなんて分かりません。分かっていたら、みんな苦労して無いのでしょう。

個人的には絵とは情報であって、正しい情報と情報量によって良い絵ができると考えています。

だとするならば、絵がうまく描けるようになるにはまず情報量を増やすことを学び、そのうえで重要な情報だけを選択できるようになれば良いのではないかと考えます。

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絵が描けるようになるには?(思考編)

お絵かき

「絵を描きたい」

という想いの発端は人それぞれだと思います。

小さい頃に絵を描いてたら褒められて絵を描くのが好きになったから。漫画やアニメを見てこんな絵を描きたいと思ったから。自分の世界を表現する方法として直感的に比較的短時間で思いを伝えられるから。

 

昔から描いてる人も最近始めた人でも、絵がうまくなりたいとか絵が描きたいって思いは共通してあると思います。

 

「うまくなりたい」

確かにそれは共通する意識だけれど、そこから実際に何をしていくかで、絵がうまく描けるようになるかどうかって変わるのではないかなって思います。ただ、何をしていくにも、「絵を描くこと」がうまくなるためには「絵を描くこと」を通るしかないです。

この「絵を描くこと」に成長度を感じなかったり、自分の描けなさに失望したり、他の事の方が楽しくて飽きてしまうのが一番の悩みであると、経験と観測から感じています。

この悩みを手っ取り早く打破する方法は、「描きたい絵(もの)を模写すること」だと思っています。

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作業環境②!!

お絵かき

作業環境について

お絵描きを始めるにあたっての作業環境について、まず触れておこうということで、今回はイラストソフトについてです。

・ペンタブ:Intuos5

・使用ソフト:CLIP STUDIO PAINT PRO

 

お絵かきソフトは情報量で選ぶのがいいと思います

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作業環境①!

お絵かき

作業環境について

まずは作業環境について触れておこうと思います。

3年間デジタル絵を描いてみて思ったことをまとめようと思います。

デジタル絵を描いてる人は多いので参考にならない気もしますが、

もしデジタルを始めよう!と思っている人の助けになれれば、と思います。

現作業環境は

・ペンタブ:Intuos5

・使用ソフト:CLIP STUDIO PAINT PRO

・PC:ノートパソコン(LIFEBOOK)

・モニタ:テレビ

 

ペンタブについてーIntuosはいいぞ!ー

ペンタブはIntuos5 touchを使っています。大きさはMです。

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